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神戸医療産業都市(KBIC、神戸市中央区)

神戸医療産業都市(KBIC、神戸市中央区)

神戸港の人工島、ポートアイランドにある医療産業の集積地。東西約1キロ、南北約1.5キロという区画内に①8つの病院による「メディカルクラスター」②理化学研究所や研究機関で構成された「バイオクラスター」③スーパーコンピューターの富岳が設置された「シミュレーションクラスター」がある。クラスター同士は距離が短いこともあって交流は盛ん。その特性を生かし、医療関連企業との連携による医療イノベーションを創出しており、世界初のiPS細胞移植手術や歯髄再生医療が実施されたほか、手術支援ロボットなどが誕生している。

米国の投資家との交流機会を積極的に創出、医療イノベーションにつなげる

神戸医療産業都市はライフサイエンス分野での国内最大級の産業集積地で、再生医療や創薬などの研究開発を手掛ける企業、高度医療を提供する病院が集まるほか、生物が持つ力を引き出して医薬品や食品、新品種の農産物、建築資材などの製造につなげるバイオものづくりも進めている。こうしたインフラを活用し、シード・アーリー期を中心としたスタートアップの成長支援に力を入れる。

ライフサイエンスアドバイザーが専門家の立場から助言を行う

KBICには医療系のスタートアップ企業や研究機関、医療機器メーカー、製薬会社、病院など350社程度の企業・団体が進出している。このうち約70社がライフサイエンス系を中心としたスタートアップ。「ライフサイエンス スタートアップ エコシステム神戸」という支援体制を整え、伴走を行っている。制度のひとつが「KBICライフサイエンスアドバイザー」で、事業会社、特許・法律事務所などのアドバイザーが、医薬品や医療機器など、実用化にかかわる個別の相談に対して専門家の立場から助言を行う。

オフィスや研究開発の拠点も充実している。KBIC内には16棟のレンタルラボ・オフィスが稼働し、2026年から27年にかけては2棟のレンタルラボが新設される。このうちスタートアップの主要活動拠点となるのが「クリエイティブラボ神戸(CLIK)」。液体や気体、薬品、細胞などを扱うウェットラボや、最大100人程度のピッチイベントを開催できるイノベーションパークなどで構成されている。

アクセラレータープログラムで海外マーケットの開拓につなげる

図 1:神戸医療産業都市推進機構 小林氏

ライフサイエンス系のスタートアップは多額の資金を必要とすることから、海外のプレーヤーとの間をつなぎ、「より早く活躍できるように後押ししている」(神戸医療産業都市推進機構の小林圭以子氏)点も特徴として挙げられる。例えばKBICが持つVC・CVC、金融機関のネットワーク数は2025年4月時点で71社・110名で、このうち海外は25社・30名だ。今年の6月にはボストンで、米国のVCと交流する機会を設けた。

海外のマーケット開拓や事業展開をサポートする目的で開催しているのが、KLSAP(Kansai Life Science Accelerator Program)というアクセラレータープログラムだ。2022~24年度にかけて87社が応募し、その中からAI創薬や再生医療、医療機器などの事業を展開する19社がピッチイベントのファイナリストに選出。主に米国の投資家に向けて事業を紹介する機会を得て、オンラインメンタリングに参加した。こうした過程を踏まえ、これまでに5社が海外進出もしくは準備を進めている。

プレシードからミドルに至る各ステージに向けて一貫したプログラムを提供

2025年からはKLSAPの制度を拡充した。具体的にはアーリーステージのスタートアップ支援を目的としたプランを新設し、プレシードからミドルステージまで一貫した支援プログラムを提供する。プログラムの卒業生には、KBICライフサイエンスアドバイザーを中心とした継続サポートを行う。

KBICに近接する神戸空港は25年に国際チャーター便の運航が始まり、30年ごろには国際定期便も就航する見通し。海外との人の行き来も活発化するため、KLSAPなどで実力を蓄えたスタートアップのグローバル戦略も加速するとみられる。

つのクラスターをうまく活用しながら、ナノ技術を活用したがん治療薬の開発に取り組んでいるのがユナイテッド・イミュニティ株式会社だ。

ナノ粒子を活用した技術で免疫力を高め、がんの治療につなげる
ユナイテッド・イミュニティ株式会社

国立がん研究センターによると、一生のうちにがんにかかる人は約2人に1人で、日本人の死因第1位となっている。次世代がん治療薬の開発競争が進む中、神戸医療産業都市でナノメートルオーダー(髪の毛の太さの10万分の1程度)の粒子を活用した医薬品の開発に取り組んでいるのが、ユナイテッド・イミュニティ(京都中央区)だ。

原田 直純(はらだ・なおずみ)

ユナイテッド・イミュニティ株式会社 代表取締役会長。神戸大学で博士号(医学)取得。三重大学などでがん免疫療法やがん分子標的薬の研究開発に従事。医工連携研究を推進する中で発明した基盤技術を活用し、2017年にユナイテッド・イミュニティを創業。

創薬研究に必須の動物を使った試験を行えるのが選択の決め手

ユナイテッド・イミュニティは人体の免疫系に注目した研究開発特化型のベンチャーで、従業員30人弱のうち約半分が博士号を取得している。原田直純代表取締役会長が2017年に三重大学で創業し、当初は同大学のインキュベーション施設で活動していた。ただ、免疫系は仕組みが複雑で、試験管の中では再現できない世界。動物を使って薬の有効性や安全性を評価する必要があるため、本格的な事業展開に向けて新たな研究拠点を探していた。しかし、動物を使った試験は、動物愛護や外部環境へのインパクトなどの点から規制が厳しくなっている。スタートアップが動物試験を行える施設は非常に限られていた。

病院や製薬会社のクラスターに支えられる

その中でKBICを選んだ理由は、動物試験に対応できるレンタルラボや会議室完備のレンタルオフィスが充実しているのに加え、神戸市からの補助金もあり経済的負担の軽減が期待できたため。交通インフラも魅力的だった。

事業開発を支えたのが病院や製薬会社のクラスターだ。神戸医療産業都市推進機構が連携候補を迅速に紹介するといったバックアップ体制も充実しており、製薬会社との共同研究も進み、国の助成金申請などにもつながっている。

免疫系の仕組みを利用した画期的な新薬を開発

同社が注目する免疫系は、病原体やがん細胞を人体から駆逐するという役割に加えて、肺や脳といった正常臓器の生理機能の恒常性維持にも貢献している。免疫系の機能が低下すると感染症やがんに罹ったり、逆に免疫系が暴走すると自己免疫疾患や繊維症につながったりする。例えば線維症は、臓器に強固な繊維の塊が形成されて重篤な腎不全や肝硬変へと進行する。線維症の薬は一部承認されているが治癒率は低く、ある意味でがんよりも厄介な病気だと言われている。このように免疫系は多くの病気と関わっている。ユナイテッド・イミュニティは免疫系と疾患の関わりを理解し、その仕組みを利用した新薬開発に取り組んでいる。

司令塔的な役割を果たす免疫細胞に選択的・効率的に薬剤を送り込む

同社の基幹技術は「糖でできたカプセル技術」。細胞よりもはるかに小さなカプセル(ナノ粒子)で、様々な治療成分を搭載することができる。このカプセルを用いることで、免疫系の司令塔で病気の発生や進行の要になっているマクロファージや樹状細胞という免疫細胞に対し、選択的かつ効率的に治療成分を送り込むことができる。その成分がマクロファージや樹状細胞の働きを強化あるいは正常化することで、病気の治療や感染症予防につなげる。最近は、新型コロナウイルスワクチンで有名になった「メッセンジャーRNA(mRNA)」をこのカプセルに搭載できることもできるようになった。これによって治療成分の幅が劇的に広がり、創薬研究や事業展開が飛躍的に進化したという。新型コロナウイルスワクチンにも使われている従来型のカプセルと比較したとき、同社のカプセルは免疫細胞標的化機能、アレルギー等の副作用低下、保存安定性の向上などのさまざまなメリットが期待できる。

創薬ビジネスとプラットフォームビジネスの同時展開を目指す

同社の当面のターゲットはがん治療。カプセル技術を駆使した独自のがん治療薬を発明し、動物を用いた試験で優れた有効性と安全性を確認している。順調にいけば来年春に米国で臨床試験を開始する。がん以外にも繊維症や自己免疫疾患などをターゲットとした次期製品の研究も進んでいる。こうした創薬だけでなく、同社のカプセルを、治療成分を変えるだけでさまざまな応用が利くプラットフォーム技術として国内外の製薬企業に導出するビジネスも展開している。

創薬系スタートアップが事業を前に推し進めて患者の手元に新薬を届けるためには、多額の資金が必要となる。スタートアップにとっては資金調達も死活問題だ。同社はこれまでは国内の投資家しか接点がなかったが、今後はKBICが構築している海外投資家とのネットワークなども活用しながら資金調達に注力し、一日も早い画期的新薬の実用化を目指す。